平沼駅跡


写真がちと凄まじく、申し訳無いです。
戸部−横浜間でなにやら妙な建築物を見たことのある方もいてはるはず。
これが、平沼駅跡(写真は下り後部から横浜駅方を向いて)です。
つい数年前までは、アーチが残っていたりしまして、より駅に近かったのですが、現状では撤去されています。
この平沼駅、太平洋戦争(第二次世界大戦)当時、電力節約目的(加速をしなければ無駄な電気が減る)で、休止扱いとなり、
その後、横浜大空襲で被災し焼失。
更にその跡、復活することなく廃止となりましたが、同じような理由で消滅した出村やキリン前などとは違い、
駅構造そのものが、高架橋の一部となっていること、屋根が架線柱を兼ねていることなどから、撤去が遅れ後世に残ってしまいました。
しかし、架線柱を兼ねていた屋根材のアーチは老朽化著しいことから、撤去され現在至ってまして、
新たに建てられた架線柱は、写真でも解る通り、前後の薄緑色に対し灰色の物となっています。
駅本体ですが、老朽化や不気味さでで撤去を望む声と戦争遺跡として残すべきなどとさまざまですが、
やはり、撤去するにしても保存をするにしても大改修になってしまうせいか、今のところ目立った動きもなく時が経っています。


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