旧・廃止路線めぐりその8:近江鉄道八日市営業所福堂線/能登川−出在家間

かつて、能登川駅から2路線出ていた湖岸方面へ路線、福堂線です。
ちなみに、もう一方の路線は、彦根市(旧、愛知郡稲枝町)の新海浜まで結んでいました。
#管理者より言い訳…。(ボソ)
末期は免許維持状態の上に主だった資料も無く、記憶が頼り。その記憶も、自動的に消去されかけている状態で…。
申し訳ないですが、大ボケをしてしまった場合は、そっとお知らせください。
撮影日は全て2005/2/23です。


福堂線在りし日の頃と比べてかなり変わってしまった能登川駅ですが、駅構内を飛び出すと殆ど変わっていません。
かつては、この福堂線と出在家線。今も尚走る、神崎線に角能線と4系統も走っていました。
その頃は、駅構内も狭く、操車掛が常駐するほどで、賑わい混雑していたことでしょうか…。
さて、その福堂線ですが、駅を出ると右折し南進(写真奥の方向)していました。


驚くほどではないものの、隘路の商店街を進み、突き当りを右折。


JR琵琶湖線(東海道線)の踏切を渡る。
運行していた頃は、新快速はありませんでしたが全体の本数は…。


踏切を渡って、しばらく直進した後、県道2号(いわゆる朝鮮人街道)にぶつかる。
そして、この交差点を左折。


2号線上の農協会館前停留所があった辺り。
会館は見当たらず、替わりに農協系列のガソリンスタンドが立っていました。
この先、旧道と新道が分岐していますが、今回は現道である新道を選択。


能登川交差点。かつてこの付近に能登川停留所があった。
この交差点を右折です。


曲がった先…狭っ!!
その先の交差点(赤のCUBEが居るところ)の先に、妙なものが。
しかし、小生の記憶では、近鉄ポールはこんなんとちゃうかったような…。


しばらく直進して、伊庭の在所を途中で右折。ほんまにバスが?
と、いった状況ですが、記憶違いも考慮して考査したのですが、ここしか考えられない。


能登川駅に戻るような格好で、山路。(駅は右側を直進)
一本北側(写真では正面)似振動があるものの、旧道でもあるここを左折。交差点には見やすい標識が立っている。(苦笑)


しばらく西進(湖岸方面)へ進むものの、乙女浜手前で直角カーブ(実際は直角に程遠い)。北へ向きを変える。


地名の響きが良い、乙女浜。何か無いかと、探していたところ、公民館前の祠脇にどう見ても、ソレとわかるベンチが一脚置いてあった。
やはり、今までの経路は間違いではない模様。
この乙女浜から先、隘路を拡幅できなかったようで、上下分離になっている。


その先の十字路を左折。上の写真ですと、乙女浜方面へは右折になります。右折…?


↑↑の交差点を福堂方面から見てみる。何と、ほんまもんの直角カーブ。
上下分離でも対面通行でも、バス運行上の支障になったことは間違い無いでしょうね。


福堂までの道。なんか怪しい…。新道を通過してたんやったけな…。(汗)


福堂の在所で向きを再び北に変えて、中心部(ヴォーリズ記念病院福堂診療所の辺り)の先で新道にぶつかる。
ここを左折。(ちなみに、右折は能登川駅)


痕跡らしい痕跡は無いものの、一番わかりやすい、北小前停留所。
目の前に北小がある。


目の前に湖岸道路が見えてきやる。
直進でも出在家に行けへんことは無いねんけんど、手前のここを左折。


↑↑の交差点を曲がって栗見新田。
旧道か…新道か…。ここは新道の予感がしながら、足は旧道へ。(爆)
しばらく進んで、在所の中で右折です。


新道、湖岸道路と横断し(写真は湖岸道路との交差点)、直進で栗見出在家。終点です。


栗見出在家の中心部?と、言う場所で、ここが終点だった模様。
念のため、付近を捜索したものの、痕跡はまったくといっていいほどなし。
折返し場も離れた場所にある場合(三津屋線三津屋・愛東線南外など)もあるので、探したたのですが、やはり無く…。
写真では写っていませんが、左折すると広場や民間の敷地があるので、そこで折り返していたのかもしれません。
ちなみに、福堂線には関係ないですが、他社局所有地内を使いもって折り返す例として…。
愛東線北、BS線、ダイハツ線などがあります。


今も、八日市営業所管内の一部バス停ポールに残る路線図。
福堂線と新海浜線が残っていやる。



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